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研究

生命活動を担うタンパク質や核酸などの生体分子は, 活性部位での反応に伴う構造変化や局所的な物性変化, さらには周囲の分子との相互作用など様々な動的現象を通して独自の機能を発現しています. 生体分子がどのようにして機能しているか, その分子機構を理解するには分子の振る舞いを高い精度で計測する必要があります. 生体分子の機能と構造を調べるために, 生化学的分析手法, 光学顕微鏡法, X線回折法, 核磁気共鳴等の様々な分析・計測手段がこれまで開発されてきました. 一分子光学顕微鏡を用いると蛍光色素やビーズなどで標識した個々の分子の動きを追うこともできますし, 光あるいは磁気ピンセットなどで分子に力学的操作を加えながら, その際の振る舞いを計測できるようにもなっています. しかしながら, 光学顕微鏡をベースとした手法では計測されるのは分子そのものではなく, 標識の動きであり, 分子そのものの構造とのその変化を同時に観察することはできません.また, 蛍光顕微鏡では一分子の解像度を達成するには分子の濃度が十分低いなどの実際上の制限もあります. 分子の構造とその時間変化に関する直接的な情報を得るためには, ナノメータースケールの高い空間分解能で溶液中にある分子を可視化できる顕微鏡技術が必要です. 私達の研究室では高速原子間力顕微鏡を基盤技術として, 一分子の動態計測の技術開発を行うとともに, 一分子動態イメージングによるタンパク質の機能発現機構の物理的理解を目指しています.
以下は高速原子間力顕微鏡でタンパク質の機能動態を撮影した例です.

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セルロース分解酵素

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F1-ATPase

AFM (原子間力顕微鏡)

原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)は, 1986年にG. Binning(IBMチューリッヒ)とC. Quate(スタンフォード大学)らによって発明されました[1].   G. Binningは1982年に走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope[2]を発明し1986年にはノーベル物理学賞を受賞していますが, STMではトンネル電流を計測するために導電性の試料しか観察できませんでした. AFMでは絶縁体試料でも高解像な試料表面構造の観察ができることから, 今ではナノサイエンスに欠かせない計測装置の一つになっています. AFM では柔らかい板バネ(カンチレバー)の先端に取り付けた先鋭な探針(プローブ)を試料表面に接触させ, プローブと試料との間に働く力学的相互作用をカンチレバーの変位によって検出します.プローブに作用する力を2次元マッピングすることで対象物の表面構造を画像化できます. 力としてクーロン力や磁気力を検出することで, 局所的な電気的情報をマッピングすることもできます. また, カンチレバーの振動を解析することで試料の局所機械特性を測ることもでき, 表面構造と同時に様々な物性情報を高解像に画像できます(STM, AFMから派生した多くの顕微鏡技術があり, 総称して走査型プローブ顕微鏡と呼ばれます). AFMの大きな特徴の一つは動作環境を選ばないことで, 真空・大気中はもちろん溶液中にある試料でも観察できます. そのため, 発明直後から溶液動作AFMの開発と生体試料観察への応用が精力的に行われ, 現在までに多種様々なタンパク質, 核酸, 染色体から細胞まで多岐にわたる試料の観察が報告されています2)。一方で, AFMは1枚の画像を取得するのに、数十秒から数分の時間が必要なため, 分子の拡散や集合などの分子間相互作用や分子自体の構造変化など動きを伴う現象を観察することは困難でした。

1. G. Binnig, C. F. Quate, & Ch. Gerber, "Atomic Force Microscope", Phys. Rev. Lett. 56, 930–933 (1986).
2. G. Binnig, H. Rohrer, Ch. Gerber & E. Weibel, "Surface studies by Scanning Tunneling Microscopy", Phys. Rev. Lett. 49 57–61 (1982).

HS-AFM (高速原子間力顕微鏡)

AFMにはいくつかの操作モードが提案されていますが, 生体分子のような柔らかい試料に対しては通常タッピングモードと呼ばれる方式がよく使われています。高速AFMもタッピングモードを採用しています. タッピングモードでは, プローブが付いたカンチレバーを圧電素子により機械的共振周波数で振動させ, プローブが試料に間欠接触したときのカンチレバーの振動振幅の変化を光てこ法により検出します. プローブを試料に対してラスター走査しながら, PIDフィードバック制御によりカンチレバーの振動振幅が設定値と等しくなるようにZ方向の圧電素子の伸縮を制御し, プローブと試料間距離が一定に保ちます. このとき, 2次元走査の各ピクセル位置でのPID信号をコンピュータに取り込むことで表面形状像を得ることができます. AFMのフレームレートを上げるには, AFMに含まれる要素を全て高速に動作するようにしなければなりません. これまでいくつかの研究グループにより, AFMの時間分解能の向上と生体試料のダイナミクス観察が試みられてきました. 1989年には血液凝固因子のひとつであるフィビリノーゲンが重合過程する様子を約8秒のフレーム間隔で観察した例も報告されています[1] . 1990年代には, 数秒程度のイメージング速度で生体分子をAFM観察した例が数多く報告されましたが, 脆弱な生体分子の機能を損なわずに, かつ, 生体分子が機能する時間スケール(通常, 1秒以下)でイメージングすることに成功したグループはありませんでした. 金沢大学の安藤敏夫教授はタンパク質の構造ダイナミクスを観察できる装置を目標に, 1993年頃からAFMの高速化に着手し, 2001年にマイカ基板に吸着したタンパク質の動態を80ms/frameで画像化することに成功しました[2]. 内橋も2004年に安藤グループに参加し高速AFMの改良と応用に取り組んできました. 低侵襲化や高分解能化, 操作性の向上といった高速AFMの技術改良にの結果, 2008年頃に生動態や分子の拡散・集合過程などのダイナミクスを高速撮影できる装置が2008年頃に完成しました[3]. 以来多くの応用研究が世界中で行われています[4]. 

1. B. Drake B, C. B. Prater, A. L. Weisenhorn, S. A. Gould, T. R. Albrecht, C. F. Quate, D. S. Cannell, H. G. Hansma & P. K. Hansma, "Imaging crystals, polymers, and processes in water with the atomic force microscope" Science Science 24, 1586–1589 (1989).
2. T. Ando, N. Kodera, E. Takai, D. Maruyama, K. Saito & A. Toda, "A high-speed atomic force microscope for studying biological macromolecules", Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 98, 12468–12472 (2001).
3. T. Ando, T. Uchihashi & T. Fukuma, "High-speed atomic force microscopy for nano-visualization of dynamic biomolecular processes", Prog. Surf. Sci. 83, 337–437 (2008).
4. T. Ando, T. Uchihashi & S. Scheuring, "Filming biomolecular processes by high-speed atomic force microscopy", Chem. Rev. 114, 3120–3188 (2014).

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